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発達障害の子どもたち - 杉山 登志郎

九歳の壁

p.16

小学校三〜四年の時点で、カリキュラムに抽象的なイメージ操作を用いる課題が登場し、勉強に関するハードルが急に高くなるのである。国語で言えば接続詞であり、算数で言えば分数、小数などである。学校のカリキュラムは一段階飛躍し、ここでハードルに引っかかる児童が少なからず存在する。この現象を九歳の壁と呼ぶこともある。

特殊学級から徐々に通常学級に移行する

p.22

多くの親は、また学校の教師も安易に、「通常学級でやってみてダメなら特殊に移せばよい」と言う。このアイデアは私は賛成できない。ダメだったときは自己尊厳を著しく傷つけてしまい、子どもはぼろぼろになっているからである。人生の早期に子どもに挫折体験を与えて良いことは一つもない。通常学級に在籍して特殊学級に出かける (これを一般に通級という) のは、特殊学級の担任にとって員数外の負担が増えるという理由から現在でも困難が多いのに対して、特殊学級に在籍して参加可能な科目は通常学級に出かける (これを一般に交流という) ことに関しては支障が少ない。交流を利用して参加が可能なものは出かけていき、すべての科目が参加可能になったらその時点で通常クラスに移行するということは、しばしば実践されている。

発達障害の定義

p.45

子どもを正常か異常かという二群分けを行い、発達障害を持つ児童は異常と考えるのは今や完全な謝りである。発達障害とは、個別の配慮を必要とするか否かという判断において、個別の配慮をしたほうがより良い発達が期待出来ることを意味しているのである。
ここでは次のように発達障害の定義を行っておきたい。
「発達障害とは、子どもの発達の途上において、なんらかの理由により、発達の特定の領域に、社会的な適応上の問題を引き起こす可能性がある凹凸が生じたもの」

乳児時代の愛着行動の遅れ

p.72

自閉症の場合には、このような一連の愛着行動に、大きな遅れが認められる。まず目が合わない。後追いをしない。それどころか歩けるようになると、平気で親の元を離れて突進をしてしまい、親のほうが後を追いかけていかないと迷子になってしまう。人見知りもほとんど見られない。

自閉症の社会性の障害とは、筆者なりに圧縮すると「自分の体験と人の体験とが重なり合うという前提が成り立たないこと」と、まとめることができる。

こだわり行動

p.74

自閉症の三番目の特徴が想像力の障害である。子どもは遊ぶ存在である。健常な子どもはいろいろなものを別のものに見立て、あるいは何もなくてもそこにあると想像して、活発なごっこ遊びを展開する。砂の固まりがプリンになり、ご飯になり、お団子になる。また新聞紙を丸めたものが、鉄砲になり、刀になる。このような見立て遊びは、自閉症の子どもの場合極めて苦手なのである。

そのかわり自閉症の子どもが示すのは、こだわり行動である。まず、手のひらを目の前でひらひらさせる、手をぱたぱたと振る、コマのようにくるくると回るといった反復自己刺激行動、それから特定の記号やマーク、また換気扇にだけ注目をして突進をするといった興味の限局、さらに道順にこだわる、ものの位置にこだわる、同じやり方にこだわる、順番にこだわるといった順序固執に展開していく。

コミュニケーション能力が伸びる時期

p.90

一般的に四歳前後までの幼児期が最も大変で、五歳ごろにコミュニケーションが目覚ましく伸びる時期があり、小学校では指示の通りも良くなり、状況理解も向上し、問題行動も軽減し、黄金時代となる。小学校高学年は一生の間でも一番良く伸びる時期となる。この五歳代と十歳からから十二歳という二つの時期はコミュニケーション能力が飛躍的に向上する時期となることが多く、対人関係においてもまた成長が認められる。

就労時の困難

p.107

第二は就労の能力そのものの問題である。広汎性発達障害におけるもっとも基本的な障害の一つは一般化の困難さである。たとえ大学を出ていても、練習をした経験のないことは著しく苦手であり応用ができない。特にいくつかの仕事を平行して行うといった実行機能に著しい障害を持つ者が知的に高い場合においても多く、電話を聞きながらメモを取ることができないなど、就労の上で大きな支障となってしまう。

高機能広汎性発達障害 - 自己の興味のみに没頭する

p.109

幼児教育の開始と同時に、集団行動が著しく不得手なことが目立つようになる。保育士の指示に従わず、集団で動くことができず、自己の興味にのみ没頭する。著しく興味を示す対象は、数字、文字、標識、自動車の種類、電車の種類、時刻表、バス路線図、世界の天気予報、世界地図、国旗など、いわゆるカタログ的な知識が多い。ことばの遅れがなくとも、会話での双方向のやりとりは著しく不得手である者が多い。また、過敏性を抱える者も多く、特定の音刺激 (ハイピッチの音、擦過音、突発的な破裂音など) や接触を嫌うことがある。

治療・訓練

p.125

幼児期においては集団行動の練習と、養育者との愛着形成促進、学童期においては非社会的な行動の是正と学習補助、またいじめからの保護が重要な課題となる。青年期においては自己同一性の混乱に対する対応、対人的な社会性の獲得、自立に向けた練習、職業訓練などが重要な課題である。

できるだけ早く子ども集団に入れることが良いのかという問題について

p.180

集団に入ることだけで、子どもたちに大きな成長が期待できるためには条件がある。その子どもが、周囲の子どもたちの行動を参考にして、自分の行動を修正しようという気持ちがあることが必要なのだ。特に広汎性発達障害のように周囲の子どもの行動を無視してわが道を行く場合や、周囲の子どもたちの真似もまだ不十分という重度の発達の遅れの状況で、ただ子ども集団に放り込んでも、形を変えた「放置」に過ぎない。子ども同士の相互作用はまだまだ困難で、大人との関わりこそが必要な子どもに対しては、当然ではあるが、大人がきちんと関わることこそ必要である。

父親の子育てへの参加は不可欠

p.182

日内リズムの確立に大きな妨げとなる問題は、父親が会社に長時間を取られていて、遅く帰宅する家庭が非常に多いことである。核家族においては、たとえ専業主婦の家庭であっても、父親の子育てへの参加が不可欠であり、毎日十時過ぎに帰宅する父親を持つ家庭では、このようなことが不可能になってしまう。幼児期の子どもを持つ父親が子育てに参加できる勤務にすることは、障害児療育を超えた社会的な課題ではないかと思われる。

特別支援学級と特別支援学校の違い

p.197

特別支援学級は ... 少人数学級である。地域によって差はあるが、おおむね一クラスは八人以内と規定されており、今は自閉症クラスと知的障害クラスとに分けられることが多いため、もっと小さい人数のクラスであることが多い。
案外知られていないのは、教師は通常の教員が中心であり、発達障害の専門性については高いとは言えないことである。一方特別支援学校は教師と生徒との比は先生一人に対して生徒四人となっている。一クラスの単位は小さく、普通、複数担任制を取っている。また特別支援教育教員免許状という特別支援教育の専門免許状を持つ教師が原則として配置されており、教育の中心を担っている。

学校の選び方

p.201

... 幼稚園、保育園年長の夏から秋にかけて知能検査を行い、学校選択の材料とするようにしている。知的な能力はやはり重要である。無理をさせないという原則からすれば、どちらを選べば良いのか不安なときには両側に足をかけた対応を勧めるのが常である。
具体的に選別の基準となる事柄を挙げると、身辺自立に課題を残している状態や、机に座っての学習がまったくできない状況の場合には特別支援学校への進学が好ましい。特別支援学校と、通常学校の特別支援クラスとの違いは、一つは生徒対教師の人数の差であり、もう一つは、デスクワークができることが必要か否かという差でもある。

迷った場合

p.204

... 通常学校の特別支援クラスは、少なくとも座って授業を受けることができるレベルの子どもが対象であり、筆者としては、特別支援クラスとは、いわゆる軽度発達障害児の教育が中心であると思う。
... もちろんすべての時間を特別支援クラスで過ごすのではなく、交流学習によって、通常クラスと特別支援クラスとを共に活用するというカリキュラムが理想であろう。知的障害のない発達障害で、通常クラスの設定で学習ができるのであれば、もちろん通常学級の適応となる。
迷った場合にはどうしたらよいだろうか。入学前であれば、大多数の学校で快く実施してくれるので、試し入学をさせてもらうと良い。たとえば通常クラスで授業参加が形なりとも可能かといったことの判定には、実際に試しをするのがなんと言っても最良の方法である。

肯定感と自尊感情

p.212

すべての子どもにとって、健康なそだちに普遍的に必要なものは何かということを考えてみると、愛着者から与えられる肯定感と、自己自身が育む自尊感情の二つではないかと思う。この自尊感情とは空想的な万能感の対局にあるものである。自分の万能感を乗り越え、しかしその上でなお、自分もそこそこにやれているという実感である。筆者はこの二つがすべての子どもたちに保障されることを願うものである。

歴史学者、市井三郎の次の言葉によって、この章を閉じたい。
「歴史の進歩とは、自らに責任のない問題で苦痛を受ける割合が減ることによって実現される」

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